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公演情報

第114回公演

「シアトリカル・ダブルビル」

演目:『二羽の鳩』『チェックメイト』

2018年 6月30日(土)5:00PM
7月1日(日)3:00PM 全公演、開場は開演の45分前です。
於:新国立劇場 中劇場 (京王新線「初台」駅中央口より地下通路直結)

チケット好評発売中

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チケットについて

S席:¥11,000|A席:¥9,000|B席:¥7,000|C席:¥6,000

チケット好評発売中


お申込み

小林紀子バレエ・シアター
TEL 03−3987−3648
チケットぴあ TEL 0570−02−9999
http://pia.jp/ (Pコード:485-780)
イープラス
*6月14日より発売
http://eplus.jp/
CNプレイガイド
TEL 0570−08−9990 http://www.cnplayguide.com/

※公演中止の場合を除き、購入されたチケット代金の払い戻しは出来ませんので、予めご了承ください。
※ 未就学児童のご入場はお断り申し上げます。
※ チケットはお1人につき1枚必要です。
※ やむを得ない事情によりキャストが変更になる場合があります。


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二羽の鳩

振付:フレデリック・アシュトン
ステイジド・バイ:アントニー・ダウスン
音楽:アンドレ・メサジェ
美術:ジャック・デュポン



パリのアトリエを舞台にしたラブストーリー


パリのアトリエを舞台にした1幕、そしてジプシーの野営地、そして再びパリのアトリエと展開する2幕からなるアシュトンの『二羽の鳩』。1961年ロイヤル・オペラ・ハウスでの初演は、リン・シーモア、クリストファー・ゲーブル、エリザベス・アンダートンらによって演じられた。
小林紀子バレエ・シアターでは、1992年に本作の日本初演を果たし(これがカンパニー初のアシュトン作品上演でもあった)、この成果もあって、翌年には芸術監督小林紀子に、ニムラ舞踊賞が授与された。アシュトンのチャーミングで音楽的な振付と、パリを舞台にした男女2人のラブストーリーは好評を博し、その後たびたびカンパニーの人気演目として上演され、とくに90年代のカンパニーの代名詞的な作品として、重要なレパートリーに位置づけられている。



ラ・フォンテーヌのお伽話


バレエ『二羽の鳩』は、1886年パリ・オペラ座で初めて上演された。支配人のヴォーコルヴェイユは、ラ・フォンテーヌのお伽話「二羽の鳩」:“とある樹の上に二羽の鳩が巣を作っていた たがいに優しく愛し合っているかれら だが一羽の鳩は愚かにも平穏な巣の暮らしに飽き 遠い国々に放浪の旅をしてみたくなる・・・“を題材に、脚本をアンリ・レニエに委託し、ルイ・メラントが振付を行った。
アシュトンは、メサジェの音楽を気に入り、ランチベリーの手を借りて、『二羽の鳩』の編曲を行った。ラ・フォンテーヌのお伽話を題材にしているものの、オペラ座オリジナルの脚本は用いず、自らのイマジネーションによってより自然な男女のラブストーリーを描いている。

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チェックメイト

振付:ニネッタ・ド・ヴァロワ
オリジナル・ステイジド・バイ:パメラ・メイ
ステイジド・バイ:小林紀子/アントニー・ダウスン
音楽:アーサー・ブリス
美術:E.マックナイト・カウファー



勝負をかける運命の一手。“チェス”を題材にした唯一無二の傑作。


チェス盤をはさんで対局している2人の戦士の登場から作品が始まる。このプロローグには、何とも言えない緊迫感があり、ドラマティックな前奏曲が観るものをチェス盤の中へと引き込んでいく。バレエ『チェックメイト』の面白さは、作品が作られた時代背景を知ることでより広がる。『チェックメイト』が作られた1930年代後半の英国周辺およびヨーロッパの情勢は、ナチス・ドイツの目覚ましい台頭によりまさに騒然としていた。このバレエでは、強力な悪の権力機構が無秩序に動き出した時には、宗教や平和な国の軍隊がいかに無力であるかという、とてもシリアスな問題を、王手(チェックメイト)をかけるまでの様々なチェスピース(駒)の動きで表している。



英国ロイヤル・バレエの金字塔


バレエ『チェックメイト』は、英国ロイヤル・バレエの創始者であるニネッタ・ド・ヴァロワ(1898-2001)が振付けた作品で、1937年、パリの万国博覧会でサドラーズ・ウェルズ・バレエ団(現在の英国ロイヤル・バレエ)によって初演されました。偉大なるスコアを作曲したアーサー・ブリス(1891-1975)は台本をド・ヴァロワに持ち込むほどの情熱であり、美術は当時ロンドンで前衛的なポスターデザインで注目を集めていたマックナイト・カウファー(1890-1954)が手がけました。この3人のアーティストの奇跡的なコラボレーションの実現には、バレエ団の音楽監督コンスタント・ランバート(1905-1951)の幅広い人脈とアドバイスが不可欠であったとド・ヴァロワは後に述べています。